高市早苗首相は2026年11月5日、フランスのエマニュエル・マクロン大統領と電話会談し、欧州連合(EU)が審議している「EU産業加速化法案」について、日本政府の強い懸念を伝えました。欧州製品を公共調達や補助金、税制優遇で有利に扱う制度となれば、日本で生産して欧州へ輸出する電気自動車(EV)や関連部品が対象から外れる可能性があります。

約30分間の首脳会談では、EU産業加速化法案に加え、安全保障・防衛、人工知能(AI)、宇宙、経済安全保障、中東情勢、エネルギー市場についても協議しました。両首脳は法案をめぐる協議を継続するとともに、国際情勢の安定に向けて日仏が連携する方針を確認しています。

日仏首脳電話会談で高市首相がEU産業加速化法案に懸念

[外務省の発表](https://www.mofa.go.jp/mofaj/erp/erp_1/fr/pageit_000001_03297.html)によると、日仏首脳電話会談は11月5日午後5時35分から約30分間行われました。

高市首相は、安全保障・防衛、AI、宇宙、経済安全保障で具体的な日仏協力が進んでいることを歓迎しました。マクロン大統領も、幅広い分野で両国関係を一層強化したいとの考えを示しました。

その一方、高市首相はEU産業加速化法案について日本側の「強い懸念」を伝え、フランス側に適切な対応を求めました。両首脳は、今後も日仏間を含めて緊密に協議することで一致しました。

日本がフランスに対応を求めた背景には、同国がEU域内で「欧州製」を優遇する政策を積極的に推進してきた事情があります。フランスはEUの主要国であり、自動車産業政策や域内調達基準をめぐる議論でも大きな影響力を持っています。

今回の電話会談は、一般的な意見交換にとどまらず、日本企業の欧州市場での競争条件を左右する制度について、首脳レベルで直接働きかけた会談と位置付けられます。

EU産業加速化法案とは何か

EU産業加速化法案は、英語で「Industrial Accelerator Act(IAA)」と呼ばれる規則案です。欧州委員会が2026年3月4日に提案し、EU域内の製造業を強化するとともに、脱炭素化や重要物資の安定調達を進めることを目的としています。

対象として想定されているのは、EVや電池だけではありません。鉄鋼、アルミニウム、セメントなどのエネルギー集約型産業に加え、太陽光、風力、水素、原子力関連設備などのクリーン技術も議論の対象です。

制度の柱となるのが、公共調達、政府補助、税制上の優遇措置などで欧州製品を優先する仕組みです。EU域内での生産や部品調達を一定割合以上求めることで、域内の雇用、設備投資、技術開発を促す狙いがあります。

EUが産業政策を強化する背景には、中国製品との競争激化があります。価格競争力の高い中国製EVや電池、太陽光関連製品が欧州市場で存在感を増すなか、EUでは製造拠点の国外流出や域外依存への危機感が強まっています。

ただし、域内産業の保護を重視しすぎれば、中国だけでなく日本や韓国、英国などの友好国まで不利に扱うことになります。どの国や製品を「欧州製と同等」と認めるのかが、法案審議の大きな争点です。

日本車はなぜ影響を受けるのか

日本の自動車メーカーは欧州に生産拠点を持っていますが、欧州で販売するすべての車両をEU加盟国内で生産しているわけではありません。日本、英国、トルコ、インドなどで生産した車両をEU市場へ供給するケースもあります。

審議中の案では、EVを優遇対象とする条件としてEU域内での組み立てや、一定割合以上の域内部品調達を求める方向が議論されています。こうした基準が厳格に導入された場合、EU域外で完成車を生産する日本メーカーは、補助金や税制優遇、公共調達で不利になる可能性があります。

欧州では、企業が従業員に提供する「カンパニーカー」が新車需要の大きな部分を占めています。企業向け車両の税制優遇に欧州生産要件が組み込まれれば、対象車種を選ぶ企業の判断にも影響します。

日本メーカーには、主に三つのリスクがあります。

- EU域外で生産したEVが補助金や税制優遇の対象外になる
- 公共機関や企業による車両調達で欧州メーカーが優先される
- 優遇を受けるためにEU域内での生産や部品調達を増やす必要が生じる

EU域内生産への切り替えには、工場建設、設備更新、人材確保、部品供給網の再編が必要です。短期間で対応できるものではなく、需要が確定しない段階で巨額の投資を決めることにも難しさがあります。

一方、現地生産を拡大できれば為替や輸送費の影響を抑え、欧州の需要に合わせた供給体制を構築できる利点もあります。法案の最終的な内容によって、日本企業は輸出中心の戦略と欧州現地生産のバランスを改めて検討することになりそうです。

焦点は日本を「信頼できるパートナー」と認めるか

日本政府が求めているのは、EUの産業強化策そのものを全面的に撤回することではありません。中国への過度な依存を減らし、重要物資の供給網を強化するという方向性は、日本の経済安全保障政策とも重なります。

問題は、EU域外で生産されたという理由だけで、日本企業の製品が一律に除外される可能性があることです。

欧州委員会の当初案には、EUと自由貿易地域や関税同盟を形成している国、政府調達協定などでEU側に市場を開放している国について、一定の条件下で域内産と同等に扱う考え方が盛り込まれています。しかし、欧州議会で域内部品の調達要件を厳しくする修正が進めば、日本製品がどこまで対象になるかは不透明です。

日本とEUは2019年に経済連携協定(EPA)を発効させました。安全保障面でも、日本とEUは2024年に安全保障・防衛パートナーシップを発表し、サイバー、宇宙、海洋安全保障、防衛産業などの協力を進めています。

経団連も、日本企業が排除されれば日EU間のパートナーシップに関わる問題になると指摘しています。日本側は、単なる例外扱いではなく、相互に市場を開放し、経済安全保障上の価値観を共有する国として公平な条件を求めているとみられます。

フランスが法案審議の鍵を握る理由

フランスは、域内生産を優先する「メイド・イン・ヨーロッパ」政策に積極的です。製造業の雇用を守り、EVや電池などの次世代産業を欧州内に定着させるには、公共資金を域内生産へ重点的に振り向ける必要があると主張してきました。

これに対し、ドイツなどでは、貿易協定を結ぶ友好国まで排除すれば、部品調達コストの上昇や競争力低下を招くとの慎重論があります。EU加盟国の間でも、域内産業の保護と開かれた市場のどちらを優先するかで温度差があります。

高市首相は10月28日に来日したドイツのフリードリヒ・メルツ首相とも会談しています。今回、さらにマクロン大統領へ直接懸念を伝えたことで、日本はEUの主要国であるドイツとフランスの双方に働きかけた形です。

今後は、日本のようなEPA締結国を優遇対象に含めるのか、EU域外で生産された車両や部品をどの程度認めるのかが焦点になります。

安全保障やAI、宇宙では日仏協力を継続

通商政策では立場の違いが表面化した一方、日仏両首脳は安全保障や先端技術分野での協力を強化する方針を確認しました。

日本とフランスは2026年4月の首脳会談で、「特別なパートナーシップ」の深化を掲げる共同声明を発表しています。フランスは太平洋地域に海外領土を持ち、軍を常駐させるインド太平洋国家でもあります。日本にとっては、日米同盟を基軸としながら安全保障協力を多角化するうえで重要な相手です。

防衛分野では共同訓練や艦艇・航空機の相互訪問、防衛装備・技術協力が進んでいます。2026年には、自衛隊からフランス宇宙コマンドへの連絡官派遣も計画されました。

AI分野では、日仏両政府が2026年4月に共同声明をまとめ、安全性評価、国際的なルール形成、研究者交流、スタートアップ連携などを進める方針を示しました。量子技術、半導体、クラウド、海底ケーブルといった経済安全保障に直結する技術も協力対象です。

通商問題で意見が異なっても、安全保障や技術分野の協力を止めない点に、現在の日仏関係の特徴があります。

中東情勢とエネルギー市場の安定も協議

電話会談では、中東情勢についても意見が交わされました。両首脳は事態の早期沈静化と安定化が重要だとの認識で一致し、中東地域全体の安定に向けて連携する方針を確認しました。

日本は原油や液化天然ガスの多くを海外から輸入しており、中東情勢の悪化は国内のガソリン価格、電気料金、物流費、企業の生産コストに波及します。ホルムズ海峡などの主要航路で緊張が高まれば、日本向けエネルギー輸送にも影響しかねません。

両首脳は世界のエネルギー安全保障と市場安定について、緊密に意思疎通を続けることでも一致しました。EU産業加速化法案への対応と同時に、中東情勢による供給不安や価格変動を抑えることも、日本経済にとって重要な課題です。

今後は法案の修正内容と日本企業の扱いが焦点

EU産業加速化法案は、現時点では立法手続きの途中にあります。適用対象、域内調達率、友好国の扱い、補助金や税制優遇の条件は、今後の協議で変わる可能性があります。

注目点は次の四つです。

1. 日本などEPA締結国の製品がEU域内産と同等に扱われるか
2. EVや電池に求めるEU域内部品の比率がどこまで引き上げられるか
3. 英国やトルコなどEU域外の工場で生産した日本車が対象になるか
4. 公共調達だけでなく企業向け税制や購入補助にも生産地要件が広がるか

高市首相とマクロン大統領は協議の継続では一致しましたが、フランス側が日本の要請に応じて法案修正へ動くかは明らかになっていません。

EUが目指す産業競争力の強化と、日本が求める公平な市場アクセスを両立できるかが次の焦点です。法案の内容次第では、日本の自動車メーカーだけでなく、電池、素材、エネルギー設備など幅広い企業の欧州戦略に見直しが迫られます。