公正取引委員会は、地方自治体が児童手当や戸籍などの行政システムの委託先を切り替える際、現在のIT企業からデータ移行料などの名目で高額な費用を求められ、変更を断念する事例があるとして実態調査を始めました。自治体へのアンケートとIT企業への聞き取りを行い、独占禁止法が禁じる取引妨害などに当たる行為がなかったかを確認します。調査開始は違法認定ではありません。

自治体では、住民基本台帳、税、福祉、児童手当など住民生活に直結する業務を情報システムで処理しています。2021年に成立した法律に基づき、20の行政事務で国が定める標準仕様へ移行し、共同利用や経費削減を進める取り組みが続いています。

システムを別の事業者へ切り替えるには、旧システムからデータを抽出し、新しい形式へ変換し、件数や内容を照合する必要があります。個人情報を安全に運び、業務が止まらないよう試験する作業には正当な費用がかかります。高額であるという印象だけで不当と決めることはできません。

問題になるのは、実際の作業量や契約に比べて著しく高い費用を示し、事実上、他社への乗り換えを難しくする場合です。データの形式や仕様を必要以上に閉じ、現在の事業者しか移行できない状態を作っていれば、価格競争と技術選択が妨げられます。

公取委は、変更を断念させる目的の高額請求が独占禁止法上の取引妨害に当たる可能性を念頭に置いています。ただし、個別案件の契約内容、見積もり、作業範囲を確認しなければ判断できません。報道されたすべてのIT企業が違反しているわけではありません。

自治体側にも、発注時に出口を設計する責任があります。契約終了時にどの形式でデータを返すか、費用の計算方法、作業期間、削除証明、技術資料の引き渡しを最初から定めておけば、切り替え時の交渉を減らせます。更新直前になって初めて条件を確認するのでは遅い場合があります。

標準化は、画面や運用をすべて同じにすることではありません。法令上の業務要件を共通化し、標準準拠システムへ移行しやすくする政策です。自治体固有の条例や運用、外部サービスとの連携が残れば、追加開発やデータ調整が必要になることがあります。

住民にとって大切なのは、事業者が変わっても窓口、給付、証明書発行が安定して続くことです。移行費を下げるために試験を削り、誤った税額や給付停止が起きれば本末転倒です。競争促進と安全な移行を対立させず、必要な品質を保った見積もりの比較が必要です。

移行作業では、文字コード、旧字体、外字、住所履歴、世帯関係など複雑なデータを扱います。単純なファイルコピーではありません。見積もりを検証する際は、件数だけでなく、変換ルール、エラー修正、並行稼働、職員研修、障害対応を項目ごとに分けます。

高額請求を避けるため一律の上限価格を設けると、難しい案件を受ける事業者がいなくなる可能性があります。価格の根拠を開示し、第三者が作業量を比較できる仕組みの方が適する場合があります。小規模自治体が共同で専門家を確保する方法も考えられます。

発注先を一社に依存するベンダーロックインは、価格だけでなく人材面でも起きます。自治体職員が仕様やデータ構造を把握せず、変更内容を事業者しか説明できない状態では、交渉力が弱くなります。職員の異動があっても知識を残せる文書と教育が重要です。

一方で、自治体が頻繁に担当者を替え、要件を後から追加し、短い期限で移行を求めれば費用は膨らみます。発注者側の準備不足まで事業者の不当請求と扱わないため、変更履歴と責任分担を記録します。官民のどちらか一方だけを悪者にしない検証が必要です。

中小のIT企業が市場へ参入しやすくするには、仕様書と接続条件の公開、実績要件の適正化、分割発注が考えられます。ただし、複数事業者へ分けると障害時の責任が曖昧になることがあります。全体を統括する設計と、相互運用試験を用意しなければなりません。

クラウドの利用は設備の共同化に役立ちますが、クラウド事業者を変える時のデータ搬出費や独自機能への依存も生じます。「クラウドだから自由に移れる」とは限りません。保存形式、API、通信費、終了時のデータ取得方法を契約前に確認します。

個人情報保護では、移行用データを一時的に複製する場所、作業者の権限、暗号化、ログ、作業後の削除が重要です。費用を抑えるために安全工程を省くことはできません。再委託先や海外からのアクセスがある場合は、自治体が把握できる条件を設けます。

住民は今回の調査を理由に、マイナンバーや戸籍情報が流出したと受け止めないでください。現時点の中心は契約と競争の問題で、特定の漏えい事件が発表されたわけではありません。不安をあおって個人情報を聞き出す偽の電話やメールに注意が必要です。

自治体議会は、移行費の総額だけでなく、当初見積もりからの増減理由、随意契約の根拠、停止リスク、データ返還条項を確認できます。ただし、セキュリティ上公開できない情報や企業秘密もあります。非公開の理由を示しつつ、説明可能な範囲を広げます。

監査では、安い事業者へ変更できたかだけでなく、住民サービスの停止時間、職員の残業、問い合わせ件数、誤処理、将来の保守費を測ります。初期移行費が安くても、長期の運用費が高ければ総額は増えます。複数年の総保有コストで比較する必要があります。

国には、標準仕様の変更を早めに示し、自治体と事業者へ十分な試験期間を与える役割があります。期限直前の仕様変更が重なると、どの事業者でも追加費用が発生します。デジタル庁と総務省が公取委と協力し、競争と政策日程を一体で見直すことが重要です。

事業者側は、データ移行の単価、前提、対象外作業を分かりやすく示し、自治体が他社の見積もりと比較できるようにします。知的財産を守りながらも、住民データを囲い込みの材料にしてはいけません。契約終了後の協力は公共サービスの継続に関わります。

今回の調査で未確定なのは、対象事業者、自治体数、問題となる請求額、違反の有無、提言の時期です。公取委のアンケート結果、IT企業への聞き取り、デジタル庁・総務省との協議を確認します。個別企業名が出る前に推測で批判を広げないことが大切です。

今後、独禁法上の問題が確認されなくても、契約慣行や標準化の進め方に改善点が示される可能性があります。法違反かどうかだけでなく、自治体が乗り換え可能な状態を保ち、住民サービスの費用と品質を長期的に点検できる市場を作れるかが焦点です。

調達時に複数社が応札しなかった場合も、直ちに談合や囲い込みとは言えません。地域固有の仕様、短い納期、必要資格が参入を難しくしている可能性があります。参加しなかった企業へ理由を聞き、不要な条件を次回から見直します。

データの所有権と利用権も整理が必要です。住民データは自治体が責任を持つ一方、事業者が作ったプログラムや変換ツールには知的財産があります。何を引き渡し、何を再利用できるかを曖昧にすると、終了時に争いが起きます。

標準化の期限に間に合わせるため、同じ時期に多数の自治体が人材を求めれば、単価が上がることがあります。市場全体の供給不足による費用上昇と、特定顧客を縛る請求を分けて分析します。国が移行時期を調整する判断も影響します。

移行後の旧システムには、法令上保存が必要な記録が残る場合があります。すぐに全てを削除するのではなく、保存期間と閲覧方法を決め、不要になった時点で確実に消去します。二重管理が長引けば漏えいの入口が増えます。

災害時や制度改正直後に移行を重ねると、職員と住民の負担が増えます。繁忙期を避け、旧新システムを比較する期間を確保し、停止時の紙手続きも用意します。移行日は技術都合だけでなく行政サービスの日程から決めます。

苦情や障害を事業者別に公表する場合、案件の難しさや自治体側の要因も示さなければ公正な比較になりません。失敗を隠さず共有しつつ、単純な順位付けで企業を排除しない評価方法が必要です。

公取委の提言がまとまった後は、標準契約条項や見積書の様式へ反映できるかが焦点になります。調査報告だけで終わらせず、新規契約と更新契約で出口条項が増えたかを追跡します。自治体職員向けの実務研修も必要です。

住民向けには、システム変更で窓口時間やオンライン手続きが変わる場合、十分前に案内します。内部の契約問題を理由に説明を遅らせず、利用できない期間、代替方法、問い合わせ先を示すことが信頼を守ります。

調査対象や違反の有無が未公表の段階で、特定企業を推測して批判することは避けてください。住民データの安全と公正な競争を同時に守る視点が必要です。

写真はシステム開発や協議を表すイメージで、公正取引委員会、自治体職員、調査対象のIT企業を撮影したものではありません。写真から契約関係や違反の有無を判断することはできません。

まとめ

公取委は、自治体システムの切り替え時に高額な移行費が障壁となっていないか実態調査を始めました。正当な移行作業の費用と、競争を妨げる請求を契約ごとに分けて見る必要があります。住民サービスを止めず、データを安全に移せる出口設計が今後の焦点です。