客からの暴言や過度な要求など、カスタマーハラスメントへの対策が2026年10月から全事業主の法律上の義務となりました。企業には基本方針、判断基準、相談窓口などの整備が求められます。一方、商品やサービスの不備について説明、修理、返金などを求めることは消費者の正当な権利であり、苦情を一律に排除してはいけません。

厚生労働省が2023年に実施した調査では、働く人のおよそ10人に1人がカスハラ被害を経験したとされています。暴言や長時間の拘束が心身の不調、休職、離職につながる例があり、個々の従業員の我慢に任せず、組織で対応する必要性が高まっていました。

宮崎市内で飲食店を展開する企業では、酒に酔った客が店員を30分以上拘束したり、従業員のミスに対して高級店での購入や必要以上に高額なクリーニング代を求めたりする事案があったといいます。企業はマニュアルを作り、役員や提携保険会社を相談窓口にしています。

宮崎市が2025年に職員約2800人へ行った調査では、16.5%がカスハラ被害を受けたと回答し、150人以上が「市民と話すのが怖くなった」と答えました。市は対応マニュアルや条例を整え、一人の職員だけに対応を背負わせない体制を進めています。

法的義務になったからといって、全ての企業に同じ分厚いマニュアルが必要という意味ではありません。業種、規模、顧客との接点に合わせ、何をカスハラと判断するか、誰へ交代するか、記録をどう残すか、警察や弁護士へ連絡する条件を決めることが中心です。

境界を考える際は、要求の内容と、要求を実現させる手段を分けると整理しやすくなります。商品に不具合があり交換を求める内容が正当でも、店員を侮辱し、土下座を強要し、長時間退店しない手段は許容されません。反対に、声が大きいという印象だけで正当な申告を打ち切るのも適切ではありません。

髙山桂弁護士は、大声、土下座の強要、不当な金銭賠償の要求など、方法や内容を誤ればカスハラに当たり得ると説明しています。企業が対策を怠り、従業員が精神的不調になれば、安全配慮義務違反として損害賠償を求められる可能性もあります。

現場では「どこからが大声か」「何分から長時間か」を機械的に決めるだけでは足りません。店内の混雑、同じ説明の繰り返し、身体への接近、録音や撮影、差別的な発言、従業員の体調などを総合して判断します。迷った時に上司へ交代できる仕組みが重要です。

従業員には、最初から相手を言い負かす訓練ではなく、事実確認、共感を示す表現、できることとできないことの説明、対応終了の伝え方を共有する必要があります。「申し訳ありません」と言うことが法的責任を全面的に認めるのか不安な場合は、会社で使える表現を決めておくと負担が減ります。

客側も、不具合を伝える時は購入日、商品名、レシート、発生した状況、希望する解決を整理すると話が進みやすくなります。怒りを感じても、担当者の人格や家族を攻撃せず、「交換を希望する」「期限までに回答が欲しい」と具体的に伝えることが大切です。

説明に納得できない場合、同じ担当者へ何時間も求め続けるより、責任者、企業のお客様窓口、消費生活センター、業界の相談機関へ段階を上げる方法があります。行政や専門窓口を使うことは、苦情を弱めるのではなく、記録とルールに沿って解決する手段です。

録音や防犯カメラは、事実関係を確認し、従業員と顧客の双方を守る助けになります。ただし、設置場所、利用目的、保存期間、閲覧できる人を決め、プライバシーに配慮する必要があります。従業員が個人のスマートフォンで勝手に撮影し、SNSへ投稿する運用は避けるべきです。

名札の表示も見直しが進んでいます。フルネームを出すとSNSで個人を探される危険がある一方、番号だけでは利用者が相談時に担当を伝えにくい場合があります。姓だけ、業務名、担当番号などを組み合わせ、内部では誰が対応したか追跡できる仕組みが現実的です。

電話対応では、自動音声で録音を案内し、一定時間で責任者へ交代する方法があります。チャットやメールは記録が残りやすい反面、同じ人が大量のメッセージを送ることもあります。回数制限だけでなく、すでに回答した内容、未回答の論点を分けて整理する必要があります。

医療、介護、交通、行政のように、利用者がサービスを簡単に選び直せない分野では対応が難しくなります。認知症、精神的不調、障害、言語の違いが強い言葉につながることもあり、直ちに悪意と決めつけられません。安全を守りつつ、支援や通訳につなぐ判断も必要です。

従業員の属性を理由にした差別的な発言は、要求内容とは別に対応すべきです。女性、外国籍、若年者だから責任者ではないと決めつけたり、性的な言葉を繰り返したりする行為を、接客だから仕方ないと放置してはいけません。会社が明確に禁止し、交代と退出要請の基準を示す必要があります。

暴力、器物損壊、脅迫、退去要請に応じない行為がある場合は、接客技術だけで解決しようとせず警察へ連絡します。緊急時に従業員がバックヤードへ避難できる動線、合図、通報ボタンを確認してください。証拠を残すために危険な場所へとどまる必要はありません。

対応後のケアも義務化の実効性を左右します。被害を受けた人へ「気にしすぎ」と言わず、休憩、担当変更、産業医や相談窓口への接続を行います。本人の了承なく社内へ詳細を広めると二次被害になります。必要な範囲で共有し、再発防止に生かすことが大切です。

管理職は、売上や評価を理由に従業員へ無理な謝罪を強いないよう注意が必要です。同時に、従業員側の説明ミスや不適切な態度があれば、客をカスハラ扱いして終わらせず改善します。顧客対応の品質向上と従業員保護は、どちらか一方を選ぶ関係ではありません。

小規模事業者は専任部署を置けなくても、地域の商工会、業界団体、社会保険労務士、弁護士、保険会社の支援を使えます。近隣店舗と緊急時の連絡方法を決めることも有効です。インターネット上のひな型を社名だけ変えて置くのではなく、実際に誰が動くかを確認してください。

取引先からのハラスメントにも注意が必要です。一般消費者だけでなく、発注者が受注側の担当者へ過度な値引き、私的な用事、深夜の即答を強いる場合があります。契約を失う不安で声を上げにくいため、営業担当だけに判断させず、経営層が相談を受ける必要があります。

制度を悪用し、正当な内部告発や品質指摘を「カスハラ」として封じることは許されません。食品の異物、医療事故、安全上の欠陥などは、企業に不都合でも調査が必要です。通報内容と伝え方を分け、危険情報を優先して保全する仕組みが求められます。

今後は、厚生労働省の指針、企業への行政指導、裁判例が基準を具体化していきます。業種別の事例、相談件数、休職・離職への効果も確認が必要です。義務化したという看板だけで、現場が相談しにくいままでは改善したとは言えません。

対策方針は顧客にも見える形で示すと効果があります。店頭やウェブに、暴力や差別発言には対応を終了すること、正当な意見は受け付けることを併記します。禁止事項だけを並べるより、通常の相談方法と回答目安を示す方が利用者も行動しやすくなります。

業務委託や派遣のスタッフが窓口に立つ場合、雇用主と現場企業のどちらが守るか曖昧にしてはいけません。緊急時の指揮、相談先、記録の共有、休業が必要になった時の対応を契約で決め、立場の弱い人へ負担が集中しないようにします。

外国語での苦情は、強い口調に聞こえることや、細かな説明が伝わらないことがあります。可能な範囲で通訳や翻訳を用意し、言語の違いをカスハラ判定の理由にしないでください。同時に、どの言語でも脅迫や差別を受け入れる必要はありません。

従業員が顧客の個人情報を扱うため、カスハラ対応記録の保管にも注意が必要です。必要以上の病歴や家族情報を書かず、事実と担当者の判断を分けて記録します。保存期間を過ぎた情報は適切に削除し、社内の興味本位な閲覧を防ぎます。

繰り返し来店する人への対応を制限する場合は、対象行為、期間、解除条件を可能な範囲で書面にします。感情的な「出入り禁止」だけでは、別の従業員が判断できません。生命や健康に関わるサービスでは、代替手段の案内も検討が必要です。

対策の効果は、警察への通報件数が増えたか減ったかだけでは測れません。相談のしやすさ、対応時間、休職、離職、顧客からの再申告、解決までの日数を継続して見ます。件数が一時的に増えても、隠れていた被害が表面化した可能性があります。

義務化後に「カスハラ保険」や高額な研修を売り込む事業者も増える可能性があります。加入や受講だけで法的義務を満たすとは限りません。自社のリスクを確認し、補償範囲、免責、講師の実績、更新費用を比較して選ぶ必要があります。

写真は相談窓口のイメージで、宮崎市、紹介した飲食店、カスハラ被害の場面を撮影したものではありません。ヘッドセットやパソコンが写っていても、特定企業の対応体制を示すものではありません。

まとめ

カスハラ対策は全事業主の法的義務となり、方針、判断基準、相談窓口、緊急時対応の整備が求められます。働く人への暴言や過度な要求は許されませんが、不備への正当な苦情まで排除してはいけません。要求内容と手段を分け、記録と組織対応で双方の権利を守る運用が重要です。