厚生労働省が2026年11月6日に公表した9月の毎月勤労統計調査によると、物価変動の影響を反映した実質賃金は前年同月比2.2%増となり、9カ月連続で前年を上回りました。名目賃金に当たる現金給与総額は1人平均31万1,409円で、前年同月比4.6%増加しています。

現金給与総額の伸び率が8カ月連続で3%を超えるのは34年6カ月ぶりです。春闘を受けた基本給の引き上げに加え、賞与などの特別給与が大きく増えたことが全体を押し上げました。

賃金の伸びが物価上昇を上回る状態は続いています。ただし、今回の数字には変動の大きい特別給与も含まれています。家計が景気回復を実感できるかを判断するには、基本給の持続性や企業規模による賃上げ格差、今後の物価動向を慎重に見る必要があります。

9月の実質賃金はなぜ2.2%増えたのか

厚生労働省の毎月勤労統計調査は、従業員5人以上の事業所を対象に、賃金や労働時間、雇用の動向を調べるものです。9月の主な結果は次の通りです。

| 項目 | 1人平均・指数 | 前年同月比 |
|---|---:|---:|
| 現金給与総額 | 31万1,409円 | 4.6%増 |
| きまって支給する給与 | 29万9,151円 | 3.6%増 |
| 所定内給与 | 27万9,182円 | 3.7%増 |
| 特別に支払われた給与 | 1万2,258円 | 32.6%増 |
| 実質賃金指数 | 83.7 | 2.2%増 |

実質賃金は、受け取った賃金で実際にどれだけの商品やサービスを購入できるかを示す指標です。名目賃金が増えても、それ以上に物価が上がれば生活に使える実質的な購買力は低下します。

今回の実質賃金の算出に使われた「持家の帰属家賃を除く総合」の消費者物価指数は、前年同月比2.4%上昇しました。これに対して名目賃金は4.6%増えたため、物価上昇分を差し引いた実質賃金も2.2%のプラスになりました。

消費者物価指数の総合指数を使った別の計算では、実質賃金は2.3%増となり、10カ月連続のプラスです。総合指数の上昇率は2.2%でした。

名目賃金の増加率が市場予想の3.8%程度を上回ったことも注目されています。賃上げの効果が統計に表れただけでなく、前年より物価上昇が落ち着いたことが実質賃金を押し上げました。

基本給の伸びが続き、一般労働者は過去最高水準

賃金の基調を見るうえで重要なのが、残業代や賞与を除いた基本給に近い「所定内給与」です。9月の所定内給与は27万9,182円で、前年同月比3.7%増となりました。3%以上の増加が9カ月連続となるのは33年11カ月ぶりです。

正社員などの一般労働者に限ると、現金給与総額は40万1,722円で5.0%増、所定内給与は35万6,516円で4.0%増でした。いずれも高い伸びが続いており、一般労働者の現金給与総額が8カ月連続で3%以上増えるのは、現在の調査方式が始まった1994年1月以降で初めてです。

パートタイム労働者の所定内給与を労働時間当たりで見ると、1時間当たり1,463円で5.4%増えました。前年同月を上回るのは63カ月連続です。各地域の最低賃金引き上げや、人手不足を背景とした時給の見直しが増加につながったとみられます。

一方、平均賃金の変化には、労働者の構成も影響します。賃金水準が比較的低いパート労働者の比率が変われば、個々の従業員の給与が変わっていなくても、全体平均が動く場合があります。

調査対象となる事業所の入れ替えによる影響を受けにくい「共通事業所」だけで比べても、現金給与総額は4.4%増、所定内給与は3.3%増でした。統計上の構成変化だけではなく、実際の賃上げが広がっていることを示す結果といえます。

夏季賞与は44万8,765円、5.3%増

9月分の速報と同時に公表された2026年の夏季賞与は、支給した従業員5人以上の事業所で1人平均44万8,765円となり、前年より5.3%増えました。30人以上の事業所では52万2,724円で、5.2%増です。

9月単月の「特別に支払われた給与」は1万2,258円で、前年同月比32.6%増となりました。夏季賞与の支給時期が企業によって異なるほか、賃上げの実施時期にさかのぼって差額を支給した場合も特別給与に含まれます。

現金給与総額が4.6%増えた背景には、この特別給与の大幅な増加があります。そのため、9月の実質賃金2.2%増だけで、毎月の家計収入が同じ割合で改善したとは判断できません。

毎月継続して支払われる「きまって支給する給与」は3.6%増でした。このうち物価変動を除いた実質ベースの伸びは、現金給与総額より小さくなります。生活の安定的な改善を判断するには、一時金ではなく基本給が物価を上回って伸び続けるかが重要です。

実質賃金が増えても生活実感と一致しない理由

実質賃金が9カ月連続でプラスになった一方、すべての世帯が同じように暮らしの改善を感じるわけではありません。

第一に、現金給与総額は所得税や社会保険料などを差し引く前の金額です。統計上の賃金が増えても、税や保険料を引いた手取り額が同じ割合で増えるとは限りません。

第二に、物価上昇の影響は世帯構成によって異なります。食料品や光熱費への支出割合が高い世帯では、平均的な消費者物価指数以上の負担を感じることがあります。子育て世帯や低所得世帯ほど、生活に欠かせない品目の値上がりが家計を圧迫しやすい傾向があります。

第三に、実質賃金の指数は2020年平均を100として算出され、9月は83.7でした。前年同月からは改善したものの、長期的な購買力が十分に回復したことを意味する数字ではありません。直近の増加率だけでなく、物価高が本格化する前と比べた賃金水準も確認する必要があります。

第四に、企業規模や業種による格差があります。大企業では春闘の賃上げや賞与増額を実施しやすい一方、原材料費や人件費の上昇を販売価格へ十分に転嫁できない中小企業では、継続的な賃上げが難しい場合があります。

平均値の改善が幅広い労働者へ行き渡るには、中小企業の生産性向上や価格転嫁、人材確保を支える環境が欠かせません。

日銀の追加利上げを支える材料に

9月の毎月勤労統計は、日本銀行の金融政策にも影響する可能性があります。日銀は賃金と物価がそろって上昇する好循環が定着するかを重視しています。基本給が3%台後半で伸び、実質賃金もプラスを維持したことは、追加利上げを検討する際の材料になります。

日銀は10月の金融政策決定会合で、基調的な物価上昇率が2%の物価安定目標とおおむね整合的な水準に達したとの判断を示しました。企業の賃金設定や価格転嫁が積極化し、物価が想定以上に上振れするリスクにも言及しています。

賃金上昇が消費の回復につながれば、企業の売り上げが増え、次の賃上げを実施しやすくなります。反対に、金利上昇で住宅ローンや企業の借入負担が急激に増えれば、家計消費や設備投資を抑える要因になります。

日銀には、賃金と物価の好循環を妨げず、インフレの再加速も防ぐ慎重な政策判断が求められます。

次の焦点は2027年春闘と消費の回復

今後の焦点は、高い賃上げ率が2027年も続くかどうかです。連合は2027年春闘で、定期昇給分を含め「6%を中心に5%以上」の賃上げを求める方針を示しています。2026年春闘で実現した高水準の賃上げを最低限とし、さらに上を目指す構えです。

ただし、賃上げを継続するには企業収益の改善が必要です。人手不足だけを理由に人件費を引き上げても、価格転嫁や生産性向上が進まなければ企業の負担が増し、採用抑制や事業縮小につながるおそれがあります。

11月10日には総務省が9月の家計調査を公表する予定です。実質賃金の増加が実際の個人消費へ結びついたかを確認する重要な統計となります。11月16日に予定される2026年7~9月期の国内総生産速報でも、個人消費の動向が日本経済の成長を左右します。

9月の実質賃金2.2%増は、物価上昇に賃金が追い付かない状態から日本経済が抜け出しつつあることを示しました。一方、一時的な賞与の影響や家計ごとの負担差を考えると、回復が定着したと断定する段階ではありません。

基本給の伸びが今後も物価を上回り、その増加が中小企業や非正規労働者にも広がるかが次の課題です。賃金の数字だけでなく、手取り収入、消費支出、企業収益を合わせて見ることで、日本経済の実態がより明確になります。